知る人ぞ知る映画「バグダッド・カフェ」。公式サイトにあるとおり「人々の心を温かく抱きしめた珠玉の名作」です。
1989年の公開とともに熱狂を巻き起こし、ミニシアターブームの象徴になった映画でもあります。
私がこの映画を観たのは20才のとき。映画館を出てからも、主題歌「コーリング・ユー」が頭から離れなかったのを覚えています。
その「バグダッド・カフェ」がなんと4Kでレストア(修復)されるというではないですか!
日本にいたら、すばらしい映像を映画館の大きなスクリーンで観られたのに!と悔しい気持ちでいっぱい。地団駄踏んでも仕方ないので、家で「バグダッド・カフェ」を堪能したあとは、なんともいえない大きな幸せに包まれました。
35年も前だから、本当に忘れてる。初めて!みたいな新鮮な気持ちで観られるって、いいですよね!
アメリカ西部、モハヴェ砂漠にたたずむ寂れたモーテル「バグダッド・カフェ」に現れたのは、場違いな風貌のドイツ人旅行者ジャスミン。
オーナーのブレンダは家庭も仕事もうまくいかず、いつも不機嫌です。
持ち物は全て男物、勝手に掃除を始めて店を手伝おうとする得体の知れぬ訪問者ジャスミンに対して、ブレンダはけげんな態度を隠しません。
しかし、いつもほがらかなジャスミンは周囲の人々を巻き込み、店は活気づいていきます。
次第にブレンダとジャスミンの心は近づいていき、かけがえのない友情で結ばれていく……という物語。(公式サイトより)
35年の月日が変えたもの
ドイツとアメリカのコーヒーの濃さの違い。
モハヴェ砂漠の乾き切った空気。
ホコリっぽい風。
いろんな要素が愛おしく思えました。
20歳の私は、まさか自分がアメリカのサンディエゴで暮らすようになるなんて夢にも思っていませんでした。字幕翻訳家になることだけを夢見ていたころですから。もちろん、モハヴェ砂漠がどこにあるのかなんて見当もつかなかったです。
サンディエゴに15年以上暮らしている今は、モハヴェ砂漠の場所がなんとなくわかります。ロサンゼルスから北東、つまり右ななめ上に進んでラスベガスに行く途中にあります。
だからトラックの運転手たちが「ラスベガスのショーよりイケてるぜ!」と無線でやりとりしているのか納得いく、というわけ。
車で旅する人たち、長距離トラックの運転手たちにとって、「バグダッド・カフェ」はまさに砂漠のオアシスになっているんですよね。
そして、この映画の監督の言葉が、すごくいい!
「肌の色、バックグラウンド、信条の違いを理解し受け入れる温かさ」というのは、まさにエンパシー(empathy)なんですよ。
20歳の私は「エンパシー」という言葉を知らなかったし、なぜこの映画がこんなにも心を揺さぶるのか、言葉にできませんでした。
でも映画を観たすぐあとって、そういうものです。ジーンと感じる。じわーっと心にしみこむ。しばらくは余韻に浸ってしまいますよね。
共感力=エンパシーとは?
私自身、「共感力」(エンパシー)という言葉に出会ったのは40を過ぎてからです。「同情」(シンパシー)とは違うものです。
この「エンパシー」の大切さは、マイノリティ(少数派)になってみると痛感するんですよ。日本にいるときの私はマジョリティ(多数派)でした。でもカリフォルニア州の南端、サンディエゴで暮らしていると日本人はごく少数。しかもアジア人としてひとくくりにされます。
価値観・常識・暗黙のルールの違いに戸惑いながらも、同時に「違い」を尊重する気持ちが生まれます。なぜなら、私自身も「自分の価値観・考え」を尊重してもらいたいから。
「そんなのおかしい!変だ!」と決めつけられたら、だれだってイヤな気持ちになりますよね。毎日を穏やかに過ごすために、現地のルールに順応したり、違いを受け入れる、というのは異国で生きていくための知恵です。
家で靴を脱いでもらう方法
例えば、日本では玄関で靴をぬぎますよね。でもアメリカ人は土足。家に土足で入られると私はイヤな気持ちになります。
いちいち口で言わなくて済むように、玄関入ってすぐの階段に「No shoes」というサインを2箇所にはっています。
おかげで娘の友達がうちにくるときは、ささっと靴を脱いでくれますよ(笑)。
エンパシーについて理解を深めたい方へ
エンパシーについてもっと詳しく知りたい方は、ブレイディみかこさんの著書がおすすめです。
まとめ
あらためて35年前の名作「バグダッド・カフェ」を観て感じたこと。それは:
いい映画というのは、観るたびに新しい驚きやハッとする感動を与えてくれます。
心をヒタヒタと感動で満たしてくれる映画を、これからもずっと観つづけたいと思います。
チャンスがあったらぜひ「バグダッド・カフェ」を観てください。
そして、エンパシーについても考えてみてくださいね。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!