【50代からの洋書入門】『To Kill a Mockingbird』でやっと理解できたタイトルの意味

グレゴリー・ペック主演の映画「アラバマ物語」(1962年)の原作本は “To Kill a Mockingbird”です。改めて原作本を読んでみて、やっとタイトルの意味がわかった話をします。


1930年代、人種差別が根強く残るアメリカ南部の田舎町アラバマ州メイコム。お転婆な8歳の女の子スカウトは、弁護士の父アティカス、4歳上の兄ジェムと暮らしていました。
ある日、アティカスは白人女性を暴行した容疑で逮捕された黒人青年トムの弁護を引き受けます。町中から猛烈な反発と偏見の目が向けられる中、アティカスは毅然とした態度で正義と平等を貫き通し、裁判に臨むのですが……
アメリカの理想の父親像として今なお愛されるアティカスの生き様と、偏見に立ち向かう人々の姿を描いた不朽の名作。
物語は、大人の都合や社会の理不尽さを、スカウトの純粋で鋭い子供の視点から瑞々しく描き出します。映画版では緊迫した法廷劇が中心となりますが、ハーパー・リーによる原作小説では、南部の豊かな自然や子供たちの成長、そして「他人の立場になって考えてみる」という人間として大切なあり方がより深く描写されています。
タイトルが意味すること
4週間の日本一時帰省からサンディエゴに戻った私は、名作『To Kill a Mockingbird(邦題:アラバマ物語)』を、じっくりオーディオブックと原書で楽しんでいます。
今回の「最大の収穫」といえば、「ものまね鳥(Mockingbird)を殺すこと」というタイトルの本当の意味が、やっと分かったこと。
若いころに映画を観て以来「To Kill a Mockingbirdってどういう意味だろう?」と思いつつも、深く考えずにスルーしていました。
しかし原作本の中で、父親アティカスが子供たちに銃の使い方を教える際、こう語るシーンがあります。
remember it’s a sin to kill a mockingbird.
ものまね鳥を殺すのは罪だということを忘れちゃいけない
なぜなら、ものまね鳥は人間の畑を荒らすわけでもなく、ただ美しい声で人間を楽しませてくれるだけの「無害で無垢な存在」だから。つまりこのタイトルは、偏見によって傷つけられる無実の人々の象徴だったのです。実際に物語の中では、アティカスが弁護する黒人青年トム・ロビンソンこそが、まさにこの“ものまね鳥”そのものとして描かれていきます。
今回私は、この物語をオスカー女優 シシー・スペイセク が朗読するオーディオブックで聴きました。南部なまりの、ゆったりとした彼女のナレーションに身をゆだねていると、1930年代のアラバマのムッとするような夏の空気や情景が、目の前に鮮やかに浮かび上がってきます。
大人の都合や人種差別を、8歳の少女スカウトの目から鋭く、みずみずしく観察していくこの物語。トム・ロビンソンという「ものまね鳥」を、偏見の目で見ずにありのまま見るためには、いったいどうすればいいのでしょうか。その答えのひとつを、アメリカの理想の父親No.1に選ばれるアティカスが、娘への言葉の中で示しています。
You never really understand a person until you climb into his skin and walk around in it.
その人の肌に入り込んで、歩き回ってみるまで、その人の本当の気持ちはわからない
相手の立場に立つことを、教科書的な英語ではなく climb into his skin(肌に入り込む) と泥臭くリアルに表現する。この英語独特の深みに触れられるのも、原書ならではの醍醐味です。
うがった見方かもしれませんが、この“skin”という一語に出会ったとき、私は直感的に、この物語の核心にある「肌の色」を思わずにはいられませんでした。実はこの台詞が最初に登場するのは貧しい白人少年への理解を説く場面で、直接人種を指しているわけではありません。
しかし、物語が進むにつれ、同じ言葉がやがて黒人青年トム・ロビンソンへの理解、そして人種そのものへの理解と静かに重なっていきます。だからこそ私には、アティカスが選んだこの “skin”という言葉が、単なる比喩表現以上に、この物語全体のテーマをそっと体現しているように感じられました。
ちなみに、同じ意味でもっと一般的に使われる表現に:
put oneself in someone else’s shoes
があります。他人の視点や状況(shoes=靴)を自分に当てはめて、その人の感情や苦境を理解しようとする際に使われる定番フレーズです。アティカスの言葉と並べてみると、同じ「相手の立場に立つ」でも、表現の生々しさに差があると思いませんか?
アメリカ人が大切にする価値観「インテグリティ」
では、偏見に流されず、あるがままの相手を見ようとするアティカスは、いったいどんな人物なのでしょうか。作中にこんな一文があります。
Atticus Finch is the same in his house as he is on the public streets.
アティカス・フィンチは、家の中でも公の場でも同じ人間だ
誰が見ていようといまいと、態度を変えない。この一貫性こそが、アメリカ人が人生において最も大切にする価値観のひとつ、“Integrity(インテグリティ:誰が見ていなくても、自らの信念や倫理観に対して誠実であり続ける強さ)” です。
これは、アメリカ人が人生において最も大切にする価値観、“Integrity(インテグリティ:誰が見ていなくても、自らの信念や倫理観に対して誠実であり続ける強さ)” に深く関わっています。
そしてこの「誰が見ていなくても誠実であり続ける」という姿勢は、決してアメリカだけの価値観ではないと思います。国や人種にかかわらず、人間として普遍的に大切にされるべきものではないでしょうか。文化や言語が違っても、人はどこかで同じ美徳を大切にしてきた——だからこそ、アティカスという一人の人物の生き方が、国境を越えて私たちの胸に響くのだと思います。
周囲の猛烈な批判にさらされながらも、アティカスが黒人青年トム・ロビンソンの弁護を引き受けたのは、まさにこの“Integrity”を貫くためでした。家でも外でも変わらない彼だからこそ、法廷でも信念を曲げなかった――そう考えると、「これはアメリカの中高生が必ず読む課題図書であるのも納得だ」と、深く腹に落ちました。
私自身、この深いメッセージに心から共感できたのは、人生の後半戦に入った今だからこそだと思っています。英語のことわざに“Better late than never(遅れても、やらないよりはマシ)”というものがありますが、今回の私の感動はまさにそんな気分♪
人生長く生きていると、何事も白黒はっきりつけられない場合が多いこと、清濁あわせのむ必要があることなど、大人の事情というフィルターを使って物事を判断するようになります。だからこそ、そういうフィルターを持たない8歳のスカウトの観察や、誰の前でも態度を変えないアティカスのインテグリティが、若い頃よりもずっと胸に深く突き刺さるのです。
「訳者あとがき」がとてもいい!
新訳がでたときの「訳者あとがき」が、とてもいいので紹介します。

このあとがきに、スカウトの遊び相手「ディル」のモデルが、「冷血」や「ティファニーで朝食を」を書いた天才作家トルーマン・カポーティ(作者の幼なじみ)だと知り、またびっくりでした!
さいごに
若いころや学生時代は課題として読まされた感のある洋書。でも大人になった今、あらすじを追うだけの浅い知識を卒業して、こうした極上の文学作品に英語で触れる贅沢な時間を始めてみませんか?英語の語彙が増えるだけでなく、心も豊かになるはずです。
おまけ:アメリカ南部が舞台。女性が主役の映画
アメリカ南部を舞台にした、女性が主役の映画を紹介します。南部なまりの英語って、ゆったりしていて私はすごく好きです♪
The Help 「ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜」(2011年)
シシー・スペイセクはこの映画に出演しています。なかなかヤンチャなおばあちゃんを演じていました。
1960年代のアメリカ南部ミシシッピ州を舞台に、人種差別の壁に立ち向かう女性たちの絆を描いた物語。
作家志望の白人女性スキーターは、白人家庭にこき使われ、不当な扱いに苦しむ黒人メイドたちの現実に疑問を抱きます。彼女はメイドのエイビリーンやミニーたちに協力を仰ぎ、彼女たちの視点から見た真実のストーリーを匿名で出版しようと決意します。
社会的報復や逮捕の危険を冒しながらも、彼女たちが勇気を出して紡いだ言葉は一冊の本となり、やがて閉鎖的な南部の町と人々の心に、大きな変革を巻き起こしていきます。

Sweet Home Alabama「メラニーは行く!」(2002年)
ニューヨークで気鋭のファッションデザイナーとして大成功を収めたメラニーは、街一番の独身貴族でNY市長の息子アンドリューからプロポーズされ、幸せの絶頂にいた。しかし彼女には、地元アラバマに高校時代に結婚したきり、離婚届にサインをくれない夫ジェイクがいるという秘密があった。結婚式までに何としても離婚を成立させるため、メラニーは7年ぶりにアラバマへ帰郷する。頑固なジェイクと衝突しながらも、南部の温かい家族や昔の仲間に囲まれて過ごすうち、メラニーは忘れていた本来の自分や本当に大切なものに気づき始めていく。

Fried Green Tomatoes 「フライド・グリーン・トマト」(1991年)
夫婦関係や退屈な日々に悩み、自分を見失っていた主婦エヴリンは、老人ホームで活発な老女ニニーと出会います。ニニーが語るのは、かつて南部アラバマの小さな町で、人種差別や暴力に抗いながら食堂「ホイッスル・ストップ・カフェ」を切り盛りした二人の女性、イジーとルースの強き友情の物語でした。どんな偏見や逆境にも負けず、自由に、凛として生きた彼女たちの軌跡を聞くうちに、エヴリンは少しずつ自分の人生を自立して生きる勇気と自信を取り戻していきます。世代を超えた絆と女性たちの輝きを描いた、心温まるヒューマンドラマ。

この映画の原作オーディオブックも、南部なまりのナレーションで聴きました。忘れもしない2015年感謝祭の時期。原因不明の胃炎に倒れ、2週間近く床にふせっていたときです。嘔吐と下痢で衰弱しつつ、横になりながら聴きました。
Steel Magnolias 「マグノリアの花たち」(1989年)
アメリカ南部ルイジアナ州の小さな町を舞台に、固い絆で結ばれた6人の女性たちの喜びと悲しみ、友情を描いた温かなヒューマンドラマ。
美容院に集まってはおしゃべりに花を咲かせる彼女たち。その中の一人、重い糖尿病を抱えるシェルビー(ジュリア・ロバーツ)は、医師の反対や母マリン(サリー・フィールド)の心配を押し切り、命がけで出産を決意します。無事に男の子を出産するものの、やがてシェルビーの身体は衰弱し、帰らぬ人となってしまいます。
最愛の娘を失い、深い悲しみに暮れるマリン。しかし、美容院の仲間たちがユーモアと温かい愛で彼女に寄り添い、再び前を向く強さを与えていきます。悲劇を乗り越え、逞しく生きる女性たちを瑞々しく描いた名作。

